古代オリエントの神話【概要】

古代オリエント――現在の中東地域一帯に興った様々な古代文明により遺された主な神話についての概要。

メソポタミア神話

現在のイラク・シリア周辺、チグリス川とユーフラテス川に挟まれた地域を中心に、その流域周辺のメソポタミア地域で信仰されていた神話。

宗教観と特徴
  • 宇宙や地上の自然の力を神々とする多神教で、神々は人の形をとる。
  • メソポタミアの街は神々の家と考えられており、それぞれの都市には対応する守護神が定められていた。
  • 日干し煉瓦を数階層に積み上げ、頂上に神殿を置く巨大な山型の聖塔『ジッグラト』が有力な都市に建造された。
  • バビロンにあったジッグラトが聖書の『バベルの塔』であるといわれている。

※神々の習合や名前の違い、ストーリーの変化や新しい話の追加があったりするが、下記4つはよく似ている。

シュメール神話

紀元前3,500年頃~?

メソポタミア南部に世界最古の文明と言われるシュメール文明を築いたシュメール人たちの神話。文字で残されている世界最古の神話群と言われており、後のメソポタミア神話の原型となった。
ギリシャ神話をはじめとした他地域の神話や叙事詩にも、シュメール神話の系譜と思われるエピソードが見られる。

備考

紀元前13世紀頃にバビロニア語でまとめられた標準版『ギルガメシュ叙事詩』の原型であるシュメール語版の写本が見つかっている。その中の大洪水伝説が、旧約聖書の『創世記』ノアの箱舟のくだりの起源となったと言われている。

アッカド神話

紀元前2300年頃~

シュメール人たちの都市国家を攻め落とし、メソポタミアを統一したアッカド帝国の人々が信仰していた神話。
隣接地域であったシュメールとは古くから文化的な交流があり、シュメール神話の多くを引き継いでいる。アッカド語はシュメール語とは別系統の言語であり、登場する神々の名前や役割などに違いはある。

備考

アトラ・ハーシス叙事詩』に大洪水伝説のくだりがある。(アトラ・ハーシスはノアの箱舟のノアにあたる人物)

バビロニア神話

紀元前1750年頃~

アッカド帝国の滅亡後、シュメールの再興と戦国時代を挟んで、メソポタミア南部を統一した古バビロニア王国で信仰されていた神話。

備考

シュメール神話を起源としているが、バビロンの都市神であるマルドゥクを主神とする。バビロニアの創世神話『エヌマ・エリシュ』にマルドゥクが主神となる過程が描かれている。

アッシリア神話

紀元前2,000年頃~

アッカド帝国などの支配下にあった都市国家アッシュールで生まれた神話。
初期のアッシリア神話は、メソポタミア南部の各神話とは主神やその特徴が異なる。
ミタンニ王国の支配から独立した紀元前14世紀頃からバビロニアに介入するようになり、以降バビロニアの神々との習合・吸収や置き換えが起こった。

備考

アッシリアの主神アッシュールは、他のメソポタミアの神々のように擬人化されておらず、首都アッシュールという都市そのものを指す。アッシリアの王は主神アッシュールであり、人間の統治者は王の僕(副王)というポジションだった。

カナン神話

紀元前2,000年頃~?

現在のイスラエル・ヨルダン周辺に都市国家を築いたカナン人たちの神話。

宗教観と特徴
  • 豊穣を司る嵐と雷雨の神バアルへの崇拝が有名だが、バアルの父イルを最高神とする多神教である。
  • 「バアル」とは「主・主人」を意味する言葉で、カナン周辺の都市国家には「バアル・○○」という名の別の神が祀られていた。(カルタゴの主神バアル・ハモンなど)
  • カナン神話の神々は、旧約聖書に異教の偶像神として登場する。
備考

カナン人とは、古代カナン地方に在住していた様々な人種の総称。
カナン人の一部がフェニキア人になった。

ウガリット神話

紀元前1,800年頃~

カナンの都市国家ウガリット(現在のシリア、ラタキア北)の遺跡から見つかった、ウガリット末期にあたる紀元前1,200年頃の粘土板に記されている神話群。
旧約聖書と共通する部分も多い。

フェニキア神話

紀元前1,200年頃~

現在のレバノン南西部にあたる都市ティルスを首都として地中海交易で栄え、地中海沿岸の各地を植民地としたフェニキア人たちの神話。
植民都市カルタゴではカナンの神々と土着の神々への信仰が融合され、エジプトやギリシアなどの信仰も加わった独自の宗教形態を持っていた。

ヒッタイト神話

紀元前17世紀頃~

アナトリア(現在のトルコ)北部のハットゥシャを中心とした王国を築いたヒッタイト人たちの神話。

宗教観と特徴
  • 主に、原住民であるハッティ人が信仰していた神話とフルリ人から伝わった神話の二種に分けられる。
  • フルリ人起源の神話にはメソポタミアの神々が多数登場するが、神話のストーリー的な共通点は少ない。
  • 「ハッティの国(=ヒッタイト)の千の神々」と自称するほど、様々な神を異民族からも受け入れ崇拝していた。

エジプト神話

紀元前3,500年頃~?

古代エジプト人により信仰されていた神話。
信仰が3,000年以上という長期に渡るため、時代や文献、都市・王朝によって、神話の内容や神々の性格が大きく変化している。

宗教観と特徴
  • 太陽神ラーアメン)を中心とした多神教。
  • 第18王朝のアメンホテプ4世(イクナートン)は古の太陽神アテンを唯一神として崇拝したが、彼の死後はまた多神崇拝に戻っている。
  • ピラミッド・テキストやコフィン・テキスト、死者の書など、葬送儀礼用の碑文や文書に断片的に記されているものがほとんどである。
備考

ナイル川下流域の中心都市ヘリオポリスに伝わる『ヘリオポリス神話』をもとにして語られることが多い。
また、有名な『オシリスとイシス』は、エジプトの神官の話を聞いたギリシャ人が文章にまとめたものである。

アラビア神話

ジャーヒリーヤ(無明時代)以前

イスラム教が普及する以前に、アラビア半島で信仰されていた神話。

宗教観と特徴
  • 他の周辺地域と同じく多神教であった。
備考

千夜一夜物語アラビアンナイト)』は、ササン朝ペルシア(3~7世紀頃)にてペルシャ・インド・ギリシャなど各地の民話を集めて編纂された『ハザール・アフサーナ(千の物語)』を元にしており、イスラム帝国勃興後の9世紀頃にアラビア語に翻訳されたものがその原型となった。

アラジンと魔法のランプ」「アリババと40人の盗賊」などの話は、原典であるアラビア語写本には含まれていない。これらは18世紀にフランスの東洋学者アントワーヌ・ガランが『千夜一夜物語』を翻訳・出版した際、シリア出身のキリスト教徒から聞いたアラブの物語を翻訳して付け加えたものである。

ペルシャ神話(イラン神話)

紀元前1,200年頃~

イランおよび周辺地域に伝わる神話。

宗教観と特徴
  • 古代アーリア人は、太陽や天空などを神々とし、火を崇拝する多神教だった。
  • 古代アーリア人の神話をベースに、アフラ・マズダーを崇拝する拝一神教(神々の中の一柱のみを信仰対象とする)としてゾロアスター教が創設された。
  • イスラム教の成立後にも、それ以前の神話を元にしながら、一神教の教義に反さないよう改変が加えられた物語が創作された。
備考

ペルシャ / ペルシアは本来、古代ペルシアのパールス地方(現イランのファールス地方)のことだが、イラン全体を指す古い呼称であり、イランの主要民族・主要言語の名称でもある。

古代アーリア人の神話

紀元前15世紀頃~

中央アジアから現在のイランへ移住してきたと推定されるアーリア人が伝えた神話。
ルーツが同じであるため、インド神話と共通点が多い。

ゾロアスター教神話

紀元前1000年頃~?

イスラム教を受容する前のペルシア人本来の民族宗教であり、現存する世界最古の宗教と言われるゾロアスター教の聖典『アヴェスター』に記される神話。

備考

ゾロアスター教はアフラ・マズダーを最高神として崇拝する拝一神教であり、多神教であった古代アーリアの神々は悪魔や天使として描かれるようになった。

イスラム教成立以降の神話(文学・叙事詩)

610年頃~

イスラム教成立後のイランで、古代ペルシア神話の逸話や物語から題材を取って作られた新たな神話。
一神教であるイスラムの教義や法律に反しないようにアレンジされている。

旧約聖書

紀元前6世紀頃~

ユダヤ教およびキリスト教の正典。
一部はイスラム教の啓典とされる。(イスラム教でも「モーセ五書」は『コーラン(クルアーン)』に次いで重要視されている)
一連の文章群が『聖書』として認識されるようになったのは紀元前4世紀頃で、西洋では歴史書としても扱われる。

宗教観と特徴
  • ヤハウェを唯一の神とする一神教。
  • 天地や人間の創造、楽園を追放された人間(アダムとイヴ)の末裔であるイスラエル民族(ユダヤ人)の歴史、預言者の書などから成る。
備考

『旧約聖書』という呼称はキリスト教の『新約聖書』に対してのもので、ユダヤ教ではこれが唯一の『聖書(タナハ)』である。そのため最近では『ヘブライ語聖書』『ユダヤ教聖書』などと呼ばれることもある。